千代大海さんの場合は?【糖尿病の芸能人・有名人】

千代大海さんは、自身が糖尿病であることを公表しています。
千代大海さんは、九重部屋所属の元大相撲力士です。
千代大海さんは大分県大分市出身で、現役時代の最高位は東大関であり、現在は年寄・九重(14代)として九重部屋の師匠を務めています。
そんな千代大海さんは、自身が糖尿病であることを公表しています。
千代大海さんの経歴は?
千代大海さんは、大分東明高等学校を担任の推薦で受験するも不合格となってしまい、中学校卒業後は一時とび職に就職します。
しかし、母親を安心させたいという動機から大相撲入りを決意し、名前だけは知っていた元横綱千代の富士の九重部屋に入門を志願します。
そして、千代大海さんは1992年11月場所に初土俵を踏みます。
1995年7月場所には、初土俵から2年、19歳という若さで十両昇進を果たしますが、その後は右ひじの怪我や番付運の悪さに泣かされ、十両で2年あまりの足踏み状態が続きます。
1997年9月場所、ようやく新入幕を果たした千代大海さんは、順調に番付を上げていき、1998年5月場所に新小結に昇進。
翌7月場所には新関脇で11勝4敗の好成績を挙げ、このころから次期大関候補と言われるようになりました。
そして、関脇となってから4場所目となる1999年1月場所において、若乃花との優勝決定戦を制した千代大海さんは、念願の幕内初優勝を果たします。
千代大海さんは、関脇通算3場所で合計32勝13敗という成績であり、大関昇進の目安となる33勝以上には届いていませんでした。
しかし、1994年1月場所以降、5年間もの間新しい大関が誕生していなかったということもあり、甘めながらも場所後に千代大海さんは大関に推挙されます。
右肘の大怪我が結果的に千代大海さんの力士生命を縮めることになりました。
しかし、新大関の1999年3月場所は不調で勝ち星が伸びず、取組中に鼻骨を負って途中休場となってしまいました。
その後も体調不良や怪我などで成績がふるわない場所がありましたが、千代大海さんは概ね10勝から11勝を挙げ、安定した成績を残していました。
そして、2場所連続休場明けだった2002年1月場所は、千代大海さんが13勝1敗と単独首位で千秋楽を迎えます。
しかし、千秋楽結びの一番で栃東に敗れ、優勝決定戦でも敗れてしまった千代大海さんは幕内優勝を逃してしまいました。
ただ、同年7月場所で14勝1敗の好成績を挙げ、21場所ぶり2回目の幕内優勝を果たしています。
また、公傷休場明けの2003年3月場所で、千秋楽結びの一番で新横綱の朝青龍を破り、12勝3敗の成績で4場所ぶり3回目の幕内優勝を果たしますが、これが千代大海さんの最後の優勝となりました。
2005年には、千代大海さんは1月、5月、9月場所において角番となりました。
これは8度目の角番であり、当時の史上最多記録に並んでいました。
2007年11月場所では、横綱白鵬と優勝争いを演じますが、白鵬との一番で敗れ右肘を負傷、千秋楽を休場して優勝を逃したうえ、この右肘の大怪我が結果的に千代大海さんの力士生命を縮めることになりました。
2008年5月場所では、この右肘の痛みが再発した影響により6日目から6連敗を喫してしまいます。
最終的には5勝10敗という成績で、幕内では初の2桁黒星となってしまいました。
千代大海さんは支度部屋で、糖尿病であることを告白しました。
そして、2009年3月場所の千秋楽において、力なく寄り切られた千代大海さんは支度部屋で、糖尿病であることを告白しました。
実は2008年3月場所から糖尿病の兆候が現れていたそうで、この2009年3月場所に病状が悪化し、だるさや頻尿などの変調を体にきたしていたそうです。
今現在の千代大海さんの病状は明らかにされていませんが、糖尿病が完治したという報告もされていませんので、まだ、患っていると思われます。
現在、九重部屋の師匠を務めている千代大海さんには、これから有望な力士をたくさん育ててほしいので、食生活等に気をつけて糖尿病と上手く付き合っていってほしいなと思います。
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